脳ミソ使って生きていこう

ヒガコウの個人ブログ。日々の気づきと考察。雑談もあり。

専門外の知識を得る意味

まえがき

面倒なので今日から敬語を使わない記事も書きます。気分次第で。

 

さて。

 

本題

社会人になると、だれもが何かしらの業種に属するはずだ。

飲食・運送・化学・出版・ウェブ・宇宙など。

そして多くの人が、自分の分野以外の勉強をしなくなる。

 

なぜ専門外の勉強をしないか

よくよく考えるとしょうがない気がする。

大学(あるいは高校)を卒業するまで、学校で教えられること意外を勉強すべきだと先生は言ってくれなかったでしょう。

もちろん受験期間などで授業時間外でも勉強していただろうが、これは学校で教わることの延長や補足である。

 

以上のように、実は社会人になってから勉強しなくなったのではなく、幼い頃から自主的に勉強するキッカケを与えられてこなかったのだ。

 

なぜ専門外の勉強すべきか

それではなぜ、専門外の勉強をすべきか考えてみる。

おそらくそれは、選択肢を増やすことではないかと思う。

このさきの技術革新(直近で言えばAIの台頭など)や経済の変化によって、自分の仕事や生活がいつ保証されなくなるかは分からない。ましてや今の業界がAIによって丸ごと不要になるかもしれない。

 

そうなってから他の道を探していても遅い。

常に自分が選べる選択肢を用意しておき、

「AがだめならBに行く」

「BもだめならGに行く」

「いまGよりもYが面白いからYに移る」

「50歳まではYにいるけどその先はRに行くのがよさそうだ」

このように臨機応変に多様な人生をおくれる。

 

 

留まらないことが逆に安定

ここまでの多様性は、IT業界を筆頭に、ここ数年では当たり前のように受け入れられている。

上記のような臨機応変というのは、公務員的な考えの人からはデンジャラスに見えるかもしれない。

けれど、これから先の時代では、選択肢が豊富であることで、いつ自分が今のポジションを離れても生きていけることになる。

これが逆に安定なのだ。

 

 

結論

専門外の知識や技術を持って選択肢を増やすことが、人生を安定させ、さらに人生の向上にもつながる。

 

もちろん、いま自分が天職に就いていて、死ぬまで食うことにも困らず、いまのままで最高の人生を送れると確信しているなら全く無視してもらっても問題ない。