脳ミソ使って生きていこう

ヒガコウの個人ブログ。日々の気づきと考察。雑談もあり。

利他と利己

なんのために生きるのか。という大きな議題はこの記事では論じませんが、

そういうことを考えていると、誰しも大きく2つの選択肢が現れます。

 

 

「自分のために生きるか、他人のために生きるか」

言い換えると

「利己的に生きるか、利他的に生きるか」

 

※ここでいう他人とは、不特定・特定に関わらず自分以外の人間を指します。

 

 

この大きな問いに、自信を持って答えられる人は少ないのではないでしょうか。

なぜ自信を持って答えられないのか?

それは、世間体を気にして「利他的に生きるべき。それが正義っぽい。」と感じる人が多いものの、あくまで自分の欲しいものは欲しいし、他人の命よりは自分の命のが大切だ、とかごちゃごちゃしてくるんですよね。逆に自分のために生きると心底感じていても、自分のためだと言い切るのは人情がないように聞こえてしまいます。

 

 

ではどちらが正解でしょうか?

もちろん正解なんてありませんが、これに関する持論があります。

 

 

僕は19歳ぐらいのときからずっと、自分は世のため人のために生まれてきたから、世界中の人々のためになることをしないといけないと思っていました。

そう決心してからは自分の給与が低くても、貯金が尽きても、忙しくてプライベートな時間がなくても、必死にやってきました。

そしてふと原点に立ち返ってもう一度この問題を考察してみたところ、意外な発見がありました。

「人のために、と思っていることも、自分のためなんじゃないか?」

と。

つまり、「人のために生きることが大切だ」と考えている人間が、人のために生きることは、その人自身の目的を達成することであって、突き詰めると「自分の満足感」がメインの目的なんですよね。

 

 

これを思いついた直後に、孫正義氏がツイッターで同じようなことを言っていてとても納得できた覚えがあります。

(引用したくて当該ツイートを探してみたけど見つけられませんでした。。)

 

 

そう、自分を犠牲にしてまで世のため人のために生きないといけないとか気負わずに、自分の本当にやりたいことってなんだろうって考えることが一番重要だと気づいたのです。

その結果、やはり僕は世のために何か協力できることがあればいいなと思ってますが、全くそう思わない人がいても全然いいと思います。

 

 

まずは自分のため。楽しもう。

 

 

しかし!!今の日本にはこれに矛盾するとても大きな問題があります。

不満ばかりの企業に勤めて消耗する人たちの存在です。次の記事で書きます。

このような人々は、「人のためでもない」「自分のためでもない」という最悪の状況で妥協し続ける人種なのです。